派出看護婦——明治のナースの働き方、訪問看護の原点
風、薫る

【風、薫る】派出看護婦とは?明治のナースの働き方が「訪問看護」の原点だった

朝ドラ『風、薫る』に出てくる派出看護婦(はしゅつかんごふ)とは、病院に属さず、患者の家庭や別の病院へ出向いて看護したナースのこと。鈴木雅や大関和が「病院・医師から独立した看護」を切り拓きました。これは現代の訪問看護の原点です。明治の働き方を、現役26年の看護師が読み解きます。

この記事の結論(カルテ)

  • 派出看護婦=病院に属さず、家庭や病院へ出向いて看護する明治のナース
  • 1891年(明治24年)の慈善看護婦会が、日本で最初の派出看護の施設とされる
  • 料金は数段階に分かれ、貧しい人には無償で看護を提供した
  • 鈴木雅は「看護師が病院・医師から独立して働くこと」を目指し、東京看護婦講習所も設立
  • 大関和は東京看護婦会を引き継ぎ、派出看護婦を女性の職業として確立
  • この「家庭に出向く看護」が、現代の訪問看護ステーションの原点になっている

問診室:朝ドラに出てくる「派出看護婦」って何?

朝ドラ『風、薫る』を観ていて、「派出看護婦」という言葉が気になった方へ。今の私たちには馴染みのない言葉ですが、これは病院に勤めるのではなく、患者さんの家や別の病院へ出向いて看護した働き方のこと。実はこれ、今の「訪問看護」のご先祖さまなんです。

26年やってきて、訪問看護の現場も見てきた。だからこそ思う。「病院の外で、その人の暮らしの場で看護する」って、明治からあった働き方なんだ。最先端のようでいて、実は原点回帰でもある。

派出看護婦って、病院に雇われてないんですか?じゃあ、どこから派遣されてたんでしょう。

「派出看護婦会」という組織から派遣された。1891年にできた慈善看護婦会が、日本で最初の派出看護の施設とされている。病院に属さず、家庭や病院へナースを送り出す仕組み。貧しい人には無償で看護した記録も残っている。

今回のテーマです。「病院に属さない看護」を明治の女性たちがどう作ったかを知ると、今のあなたの働き方の選択肢——病棟、外来、訪問看護、独立——のルーツが見えてきます。

回診記録①:派出看護婦という働き方

朝ドラの背景になっている派出看護婦の事実を整理します。

項目内容
派出看護婦とは病院に属さず、家庭や病院へ出向いて看護したナース
始まり1891年(明治24年)慈善看護婦会が日本初の派出看護施設とされる
料金数段階に分かれ、貧しい人には無償で提供
鈴木雅の志看護師が病院・医師から独立して働くことを目指す。東京看護婦講習所を設立
大関和の役割東京看護婦会を引き継ぎ、派出看護婦を女性の職業として確立
現代への接続訪問看護ステーションの原点

貧しい人には無償で看護したって、すごいですね。今でいう地域包括ケアの考え方が、もう明治にあったってことですか。

その通り。「病院に来られない人のところへ、看護を届ける」。これは今の訪問看護や、地域で支える医療とまったく同じ発想。明治の女性たちが、制度も保険もない時代に、手弁当でそれを始めた。

回診記録②:鈴木雅と大関和が拓いた「独立した看護」

派出看護婦の物語で外せないのが、「看護師が病院や医師に従属せず、独立した職業として立つ」という志です。鈴木雅は看護師が病院・医師から独立して働くことを目指し、教育の場として東京看護婦講習所も設立しました。

ここ、現役の私が一番しびれるところ。「看護師は医師の助手ではなく、独立した専門職だ」という考え方を、明治の時点で形にした人がいた。今でも私たちが悩むテーマを、130年前から問うていた。

独立して働くって、今でいうフリーランス看護師みたいな感じですか?明治にそんな働き方があったなんて、ちょっと意外です。

近い。病院に縛られず、必要とされる場所へ自分で出ていく。今の訪問看護師や、開業看護師、複数の現場をかけ持ちする働き方の遠いルーツがここにある。「働き方は一つじゃない」と、明治の女性たちが先に証明していた。

回診記録③:派出看護婦が、令和の現場に残したもの

明治の派出看護婦が始めたものは、形を変えて今も残っています

派出看護婦が作ったもの令和の現場に残っているもの
家庭へ出向いて看護する訪問看護ステーション
病院・医師から独立した看護看護師の専門職としての自律
貧しい人へ無償で届ける地域包括ケア・在宅医療
看護婦会による派遣の仕組み看護師の人材紹介・派遣・複数現場勤務
講習所での後進育成訪問看護の研修・教育体制

私、病棟しか知らなかったけど、看護師の働き方ってこんなに広いんですね。訪問看護にも、独立にも、ちゃんと歴史がある。

その通りです。今の病棟がつらいなら、それは「看護師に向いていない」のではなく、「働く場所が合っていない」だけかもしれません。派出看護婦の歴史は、働き方を変えてよいことを教えてくれています。

【本日の処方箋】『風、薫る』から自分の働き方を見直す4ステップ

派出看護婦の物語を「昔話」で終わらせず、自分の働き方の選択肢を広げる4ステップとして観てみてください。

  1. 「派出看護婦=訪問看護の原点」と知って観る:明治の働き方が今に繋がっていると分かると、ドラマの解像度が上がる。
  2. 「病院の中だけが看護じゃない」と意識する:病棟・外来・訪問・施設・独立。看護師免許で立てる場所は1つではない。
  3. 今の自分の不調が「仕事」なのか「場所」なのかを分ける:看護そのものが嫌なのか、今の職場が合わないだけなのかを切り分ける。
  4. 働き方の選択肢を1つ、具体的に調べる:訪問看護、クリニック、夜勤専従など。明治の女性が動いたように、自分も一歩、情報を集める。

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「看護は好き。でも、今の職場は合わない」あなたへ

派出看護婦の歴史が教えてくれるのは、看護師の働き方は1つではないということ。今の職場で消耗しきってしまう前に、別の場所を選ぶ準備をしておくのも、立派な自衛です。看護師の退職代行サービスは、次の場所へ動くための選択肢のひとつ。あなたが看護師として歩む道は、今の病棟の中だけではありません。

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※PRを含みます。医療判断や退職判断を代替するものではありません。制度・体調・お金のことは、必要に応じて専門窓口にも相談してください。

よくある質問

派出看護婦とは何ですか?

病院に勤めるのではなく、派出看護婦会などの組織から派遣されて、患者の家庭や別の病院へ出向いて看護したナースのことです。1891年(明治24年)の慈善看護婦会が、日本で最初の派出看護の施設とされています。現代の訪問看護の原点にあたります。

派出看護婦と訪問看護は同じですか?

完全に同じではありませんが、「病院の外、患者の暮らしの場へ出向いて看護する」という発想は共通しており、派出看護婦は訪問看護の原点とされています。明治の派出看護婦会の仕組みが、形を変えて現代の訪問看護ステーションに繋がっています。

鈴木雅は派出看護婦とどう関わっていますか?

鈴木雅は、看護師が病院や医師から独立して働くことを目指した人物とされ、教育の場として東京看護婦講習所も設立しました。大関和はその東京看護婦会を引き継ぎ、派出看護婦を女性の職業として確立する流れを担いました。

明治の派出看護婦は貧しい人も看護したのですか?

はい。慈善看護婦会では料金が数段階に分かれ、貧しい人には無償で看護を提供したとされています。「病院に来られない人のところへ看護を届ける」という、現代の地域包括ケアにも通じる考え方が、すでに明治にありました。

派出看護婦の歴史は今の看護師にどう役立ちますか?

看護師の働き方は病院の中だけではない、と教えてくれます。訪問看護・在宅医療・独立した働き方のルーツが派出看護婦にあります。今の職場がつらいとき、「看護に向いていない」のではなく「場所が合わないだけ」かもしれない、という視点を与えてくれます。

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